ジャック・ゴー・ランタン

雑記を書きつつ、精神的に弱い人や、不器用な人の支えになれるようなブログを目指しています。

なぜ今の仕事を辞めようと思ったのか。

青竹@aozora31101です。

 

無事に転職の採用の連絡がありましたので、

ブログを再開する事が出来ました。

 

今日はなぜ今の会社を辞めようと思ったのか

改めて書こうと思います。

 

働くことが辛い「だけ」になってしまった。

「働く」というのは基本的にお金を稼ぐことだと思います。

でも、そこにも「やりがい」や「楽しみ」が無いと辛くなってしまいます。

この2年ぐらいは本当にそんな状況で、毎日の会社が苦しかったです。

 

月曜の朝に憂鬱になり、金曜の夜になるとホッと一息ついて、

日曜の夜にサザエさんのテーマソングが聞こえる度に

「嫌だな…また明日から始まるのか…」という思いでした。

 

僕はDTPというチラシやパンフレットなどのグラフィックデザイン

パソコン上で作る仕事をしています。

 

2年前にチームの変更があり、その頃から辛くなりました。

 

それまでは面倒見の良い男性の先輩と、もう一人同い年の男性で、

3人仲良くコミュニケーションを取って、辛い事があっても乗り切って

やってきました。

 

しかしチームの変更があってからは、コミュニケーションの無いチームに移り、

デザインで悩みがあっても聞いてもらえる人もおらず、

とても孤独に2年間を仕事で過ごしました。

 

macのディスプレイに迷子の子供の顔が写っていた。

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半年ほど前、辛いデザインを何とかこなしつつ、スケジュールに焦りそうになりながらもやっていた時のこと。

 

僕のPCは2つディスプレイがあり、1つの方は真っ暗な画面でした。

胃を痛めながらデザインをやっている時に、

ふとその真っ暗な画面に映る自分の顔を見ました。

そうすると、そこには仕事に打ち込むようなデザイナーの顔ではなく、

ただの迷子で不安そうになっているような子供の顔で、泣きそうになっている男が写っていました。

 

「いや…いや…違うだろ。こんな顔する為に生まれてきた訳じゃないだろ…?」

「今は30歳…後30年近くこんな顔しながら働いていくのか…?」

 

絶望だらけの毎日で、胃の痛みは増え続け、一度精神的にも病んでしまって

精神科に行って薬をもらいにも行きました。

 

前の記事で書きましたが、ちょうどこの泣きそうな顔をしている時期に

僕は祖母を亡くしました。

shiritai1101.hatenablog.com

 

祖母は、僕をこんな顔にさせる為に育ててくれたわけじゃない。

そんな思いもあったり、「いや、でもここで負けちゃいけない…」と思いつつ

デザインの勉強を続けたり、日々何とか向上しようと努力しつづけました。

 

それでも結果は出ず、自分の所属しているチームのリーダーからも

会社の全体会議の場で「青竹はまだ戦力になりません」と

全員の前で発表されてしまうという屈辱の日々を送りました。

 

一日一日進むごとに辛くなっていき、精神的にもかなり辛くなり、

デザインの仕事で忙殺されていても、仕事が空いてる時でも

胃の痛みは常に消えませんでした。

 

僕は何のために会社に居るのかもう分からなくなりました。

「自分はこのままの生き方をすれば、必ず後悔する。

仮に明日自分が死ぬとしたら、

【あぁ、なんで会社を辞めなかったんだろう】と思ってしまう」

 

その確信は日々強くなり、僕は決断しました。

 

「転職しよう」

 

続きはまた次回書きます。

青竹@aozora31101でした。

 

ではでは。